東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)148号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いない甲第二号証によれば、本件発明の特許出願公告公報には、本件発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。
本件発明は、酸、アルカリ及び石けん液と接触したとき、並びに光や熱にさらしたときに起こる変色に対して、非常に改良された抵抗性を持つクロム酸鉛顔料に関する(第一欄第二一行ないし第二四行)。
クロム酸鉛顔料は、長年にわたつて広く用いられ、広範囲の色調を与えるのに役立つてきた(第二欄第二行ないし第四行)。クロム酸鉛顔料は、わりあい安価に製造することができ、しかも一般に良好な着色性を持つているが、いくつかの重大な欠点がある。顕著な欠点の一つは、熱可塑性樹脂製のプラスチツク製品の着色及び成形における最近の技術に関連がある。このような樹脂、殊にポリエチレン及びポリスチレン樹脂の使用経済性及び加工性を改良するために、現在の技術では、押出温度が約三二〇℃という高い温度まで高められるようになつた。そして、クロム酸鉛顔料を、この熱可塑性樹脂製中で用いると、約二一〇℃以上の温度で著しく黒変し、この傾向は温度の増加と共に大きくなるので、クロム酸鉛顔料を用いることができないことが分かつた。このような顔料の多くは、溶融熱可塑性樹脂と接触した状態で約二二〇℃以上に加熱したときに、化学的に還元され、褐色及びどんよりした色になり、その美しい外観を完全に失つてしまう。したがつて、二二〇℃以上の温度で押出加工しようとする熱可塑性樹脂を着色するのに使用し得るように、クロム酸鉛顔料を処理する方法が必要になつてきた。また、化学的な汚れ、特に石けんやアルカリと接触して生ずる斑点及び大気中の硫化物臭による変色のために、クロム酸鉛顔料は、高級自動車製品に用いることができない。そこで、この種の顔料を、前記のような化学薬品に対して安定にする必要性が要望されてきた(第二欄第一四行ないし第三欄第二行)。
本件発明は、このような技術的課題を解決することを目的としたものであつて、クロム酸鉛顔料粒子を、生成物の全重量当たり少なくとも約二%の濃密な無定形シリカで被覆することにより、前述したようなクロム酸鉛顔料の欠点を除き、黒変及び変色に対して非常に安定な顔料を得ることができるとするものである(第三欄第三行ないし第七行)。本件発明の改良シリカ被覆顔料は、水性アルカリ媒質中に、微粉状のクロム酸鉛を懸濁し、次いでこの媒質中に活性シリカ水溶液を導入し、粒子の表面にシリカを沈積させ、濃密な無定形シリカの連続的な皮膜を形成させることによつて、製造することができる。この皮膜の存在によつて、クロム酸鉛顔料の性質が改良される(第三欄第一一行ないし第一七行)。本件発明の新規なシリカ被覆顔料は、濃密な無定形シリカの連続的な皮膜、すなわち層が形成されるようにしてシリカをクロム酸鉛顔料に施したときにのみ製造される(第三欄第三七行ないし第四二行)。
クロム酸鉛顔料の欠点の多くは、クロム酸鉛成分固有の性質に起因している。このような欠点としては、次に示すものがある。
<1> アルカリ及び酸に対して不安定(クロム酸イオンの可溶化による。)
<2> 硫化物の存在による色付け(黒色硫化鉛の形成による。)
<3> 露光又は加熱による黒変(六価クロムが三価クロムに還元されることによる。)
これまで、前記の欠点を克服するために、色々な試みがなされたが、これらは、作用物質を中和してそれを一時的に不活性にするか、あるいは、それが感応性顔料粒子に容易に近付けないように障害を設けるかの、いずれかの特別な顔料処理を施すものであつた。このようにすると、多くの場合、明らかに改良が認められるが、その効果の寿命が短く、顔料の使用を可能にするほど十分な耐久性がないので、普通は単に学問的な興味をひくだけであつた(第四欄第三九行ないし第五欄第一三行)。クロム酸鉛顔料に固有の欠点を克服するために行う処理の効果は、このような顔料の有用性が増大する程度、特に、これまでこの顔料に閉ざされた応用分野にまで用途が浸透する程度によつて、判断する必要がある(第五欄第二二行ないし第二六行)。
本件発明の顔料に適用するシリカ膜は、濃密な不定形連続性皮膜である(第五欄第二七行及び第二八行)。本件発明の顔料のもう一つの重要な性質は、多くの外部物質に対しての不通気性度が高いことである。この事実によつても、本件発明の濃密で連続性の皮膜と、従来の多孔質ゲル状皮膜とを区別することができる。化学物質が顔料に作用する場合、本件発明の顔料は、未処理の顔料又は多孔質ゲル状シリカで処理したものに比較して、非常に侵されにくくなる(第五欄第四三行及び第六欄第五行)。
本件発明の効果的なシリカ皮膜を得るには、シリカ形成成分を混合物に添加する点において、スラリのpHを少なくとも六・〇以上、好ましくは九・〇~九・五にしなければならない。また、この点における温度は、少なくとも六〇℃、好ましくは七五℃以上にする必要がある(第六欄第九行ないし第一四行)。前記の特定範囲のpH及び温度を用いると、シリカの少なくとも大部分を、スラリ中の顔料粒子の表面に所望の無定形連続的皮膜として沈積させることができる(第六欄第三七行ないし第四〇行)。
本件発明によると、従来のクロム酸鉛顔料よりも、薬品の作用に対して大きい抵抗性を有するクロム酸鉛顔料を製造することができる。このように、本願発明により得られる生成物の性質が改良されていることは、このもののアルカリ、酸及び硫化物に対する感応性が減少していること、及び露光や加熱における変色に対する抵抗性が改善されていることから明らかである。このような性質の改良がなされたために、本件発明で処理したクロム酸鉛顔料は、従来の顔料がその欠点のために利用できなかつた各種の分野、例えばペイント、印刷インク、プラスチツク、床タイルなどに使用できるようになつた(第一一欄第四二行ないし第一二欄第九行)。
以上のとおり認められ、これに反する証拠はない。
2 本件発明と引用例1記載の発明の技術的課題(目的)について
原告は、本件発明のシリカ皮膜の構造は引用例1記載のシリカ皮膜の構造と同一であるが、クロム酸鉛顔料の耐熱性を改善するというシリカ皮膜の形成目的は、本件発明において初めて意識され解決されたものであつて、引用例1には開示されていないと主張する。
しかしながら、前記のとおり、本件発明の特許出願公告公報には、従来技術の問題点が種々記載されたうえ、本件発明の技術的課題(目的)について「本発明は、酸、アルカリ及び石けん液と接触したとき及び光や熱にさらしたときに起こる変色に対して、非常に改良された抵抗性を持つクロム酸鉛顔料に関する」と記載され、かつ、本件発明の特許請求の範囲には、本件発明が、クロム酸鉛顔料とシリカ皮膜とから構成される、クロム酸鉛顔料組成物そのものの発明であることが記載されている。右の記載から、本件発明は、熱、光及び各種薬剤等によつて変質しやすいクロム酸鉛顔料を、これらの外的刺激要因から保護し、長期間安定な状態のものとすること、すなわち不安定なクロム酸鉛顔料の「耐久性」を改善、向上させることを技術的課題(目的)としたものであると理解することができる。
一方、成立に争いない甲第三号証によれば、引用例1には、「濃密な水和した不定形シリカのスキンが、他の固体物質の芯材上に結合した製品の製造方法」(第二三欄第六五行ないし第六七行)の発明について、「この製品は通常シリカ以外の固体物質の微細化した球、板又は繊維を不浸透の不定形シリカのスキンで包囲した形をとるものである。」(第一欄第一七行ないし第二〇行)、「芯材は固体でなければならず、かつ、水中に懸濁され得るような状態で細分化されていることが特に望ましい。例えば本件発明に従つて用いる芯材は微細に分割されたものであり、粒子の少なくとも一方向の寸法が約五μ未満であることが特に望ましい。」(第一欄第五四行ないし第五九行)、「スキンのまず第一の特徴は、それが不定形シリカから成ることである。そのシリカは濃密で水和されており、芯材上に結合している。(中略)そして、連続的であることが特徴である。」(第四欄第三一行ないし第三三行)、「基材は侵すがスキンは侵さない化学薬品にスキンで被覆した核材を曝すことができることから、皮膜が濃密であることも認められ、スキンは試薬から基質を保護することが分かる」(第四欄第五二行ないし第五七行)、「スキンの厚さは(中略)大部分の用途に対し約三mμ(中略)より薄くなるべきでない。それにまた、一般に大部分の場合約一〇〇mμ以上の厚いスキンを有することが望ましいことは認められないであろうし、大部分の用途には二五mμを越えない厚さのスキンで充分であろう。」(第五欄第八行ないし第一六行)、「スキンは化学薬品の攻撃から芯材を保護する傾向がある」(第五欄第二三行及び第二四行)、「本件発明の方法は基材すなわち芯材として用いる材料を水に懸濁させ次いでこれに活性シリカを添加することによつて行われる。pHはこの間ずつと八から一一の間に保つべきである。」(第六欄第四五行ないし第四八行)、「活性シリカの水性分散液は、本件発明に用いるために、当該技術分野において良く知られた技術を使つた一連の方法のどれを用いても常温で調整可能である。」(第七欄第六五行ないし第六七行)、「本件発明に使用する活性シリカの調整において顕著な経済的利点を有する方法は、ケイ酸ナトリウム又はケイ酸カリウムのような可溶性ケイ酸塩を硫酸、塩酸、炭酸のような酸で中和してpH範囲八~一一において活性シリカを放出させるものである。好ましくはこの酸性化が既述したように準備したヘテロ核の存在下で行われるものである。」(第八欄第一行ないし第八行)、「反応混合物の温度を六〇~一二五℃、好ましくは大気圧下で八〇~一〇〇℃に維持するかあるいは又は大気圧以上の圧力下で約一二五℃までに維持する。六〇℃未満ではスキンの形成を実用的な速度で行うことが難しく、及び一二五℃以上の温度で操作しても何の利点もない。大気圧における沸点に近い条件で行うのが最も好ましい。」(第八欄第四〇行ないし第四八行)、「pHの選択は特殊な状況において基材の性質によつて決定されることが理解されるであろう。もし基材が例えばアルカリに侵されるような場合には、操作pHは少なくとも初期においては該範囲の下限部分に保持すべきである。スキンが芯材上に形成されはじめたら、pHは所望に応じて上げることができる。」(第一〇欄第四三行ないし第四九行)、「ニツケル、鉄、コバルトの粉末では磁気的性質を保ちながらしかも酸その他の腐食性薬品に対する耐性が改善され」(第一四欄第四九行ないし第五一行)、「ガラス繊維では特にこの処理により耐薬品性が改善される。ガラス繊維は繊維が超微細な場合は特に、水による侵食に極めて感受性が強い。シリカ・スキンを施すことによりこれが繊維を保護し、このような劣化に対して抵抗力のあるものとなる」(第一四欄第五八行ないし第六三行)との事項に加えて、実施例11及び実施例12のものは芯材であるニツケルを硝酸や塩酸による侵食から保護する作用を有すること、実施例13のものは芯材であるアルミナゾルに耐水性を付与する作用を有することが記載されている。
これらの記載から、引用例1には、芯材を構成する各種固体物質の粒子の表面に濃密な不定形シリカの連続した皮膜を形成する方法と、その方法によつて製造された、保護皮膜として十分な厚さを形成するに足りる量(実施例中のものは全重量当たり二・七四%以上)の濃密な不定形シリカの皮膜を粒子の表面に有する被覆固体粒子が記載され、かつ、形成されたシリカ皮膜は、固体粒子に対して優れた耐水性、耐薬品性等の特性を付与する保護膜としての機能を有するものであり、右特性が要求される固体粒子の耐久性の改善、向上に寄与するものであることが開示されているものと理解することができる。
してみると、本件発明と引用例1記載の発明は、シリカ皮膜の形成方法及び形成されたシリカ皮膜の構成においては全く差異がなく、かつ、いずれも外部刺激から芯材を構成する固体粒子を被覆保護すること、すなわち耐久性を付与することを技術的課題(目的)としている点においても一致しているものということができるから、これと同旨の審決の認定、判断を誤りということはできない。
この点について、原告は、クロム酸鉛顔料の耐熱性の改善が技術的課題となつたのは、ポリエチレンやポリプロピレン等の熱可塑性樹脂について高温度の押出成型が行われるようになつて以降であり、したがつて、この技術的課題は引用例1に開示されていないと主張する。
しかし、本件発明は、前記のとおり、クロム酸鉛顔料の耐熱性のみならず、耐薬品性や耐光性などの各種特性、すなわち耐久性の改善をも技術的課題(目的)としているのであり、この技術的課題(目的)を解決するために、クロム酸鉛顔料を、引用例1記載のシリカ皮膜で被覆する構成を採用した「クロム酸鉛顔料組成物」そのものであつて、高い押出成型温度が適用されるポリエチレンやポリプロピレン等の熱可塑性樹脂に「クロム酸鉛顔料組成物」を配合使用する場合のように、耐熱性が必要とされる使用態様を発明の構成に欠くことができない事項としている発明に限定されるものではない。したがつて、右のような高温度の押出成型が行われる樹脂にのみ配合使用されることを前提とした原告の右主張は失当である。
3 本件発明と引用例2ないし引用例4記載の発明の技術的課題(目的)について
成立に争いのない甲第四号証によれば、引用例2記載の発明は、「クロム顔料の改良」に関するものであつて、「クロム酸鉛は、光に曝されると幾分黒色化する以外は、優れた顔料特性を有する。これらの物質の耐光性を改善する試みは数多くなされており、(中略)沈澱したクロム酸鉛をアルミナや他の水和酸化物、例えばアンチモン、スズ特にチタンの水和酸化物で処理したものに好結果が得られる。これまでに公表されている中で最も優れた耐光性を与える方法は、(中略)希土類酸化物がアルミニウム及びチタンの酸化物又は周期表Ⅳ族の元素の酸化物と共に使用されている。」(第一頁第一五行ないし第三〇行)ものであるところ、「今回、ケイ酸又は可溶性ケイ酸塩の形の元素ケイ素が耐光性を改善する性質をもち、そしてアルミナと共に使用すると、これまで知られている方法で得られる耐光性の改善と少なくとも同程度の改善が得られることを見出した。その上、製品の色調は非常に良く、かつ処理剤のコストもわずかである。」(同頁第三七行ないし第四六行)との知見に基づき、「希土類化合物を添加することなく、沈澱したクロム酸鉛(硫酸鉛を添加し又は添加しないもの)を、(中略)シリカで処理するか、又は(中略)シリカ及びアルミナでいずれかの順序で処理することから成ることを特徴とするクロム酸鉛顔料の製造方法」(第三頁第五七行ないし第六五行)の発明をなしたものと認められる。
また、成立に争いのない甲第五号証によれば、引用例3記載の発明は「高表面隠蔽性顔料物質及びその製造方法」に関するものであつて、その「目的は、これまでになく大きい表面隠蔽力を有する着色顔料を製造することである。(中略)これらの目的は、概略的には、水溶性酸並びにアルカリ金属のケイ酸塩、キサントゲン酸セルロース、アルカリ金属の水酸化物溶液に溶解したセルロース、及びアルカリ金属の水酸化物溶液に溶解した尿素セルロースから成る群より選ばれた一員を着色顔料粒子の水性懸濁液と共に混合し、それにより着色顔料粒子上にゲル状被覆を形成させ、しかる後にその懸濁液を脱水し、かく処理された着色顔料を乾燥することから成る本発明によつて達成される。」(第二頁右欄第三〇行ないし第五六行)、「処理剤は顔料粒子を取り囲む不定形ゲルを形成する。乾燥すると、このものは、ゲルのスケルトン構造によつて安定化された顔料粒子の集塊物の糸を残す。」(第四頁左欄第五四行ないし第五八行)、「本発明はウルトラマリンブルー及び赤色酸化鉄を処理する特定の応用例に関して説明されたが、他の着色顔料の処理も可能である。したがつて、(中略)使用されている「着色顔料」という用語はウルトラマリンブルー及び黄鉛のみならず、塩基性クロム酸亜鉛、クロムレツド、クロムオレンジ、クロムグリーン、クロム酸バリウム、紺青のような着色顔料(中略)などを含む」(第三頁右欄第一四行ないし第二五行)ものであり、ここに記載された黄鉛、クロムレツド、クロムオレンジ、クロムグリーンなどはクロム酸鉛顔料の概念に包含されるものであることが認められる。
さらに、成立に争いのない甲第六号証によれば、引用例4記載の発明は、「顔料及びその製造法」に関するものであつて、「顔料の耐候性を改善する方法を提供すること」(第一頁左欄第四一行ないし第四三行)をその目的の一つとして、「顔料の水性スラリーを可溶性ケイ酸塩及び可溶性ジルコニウム塩と共に混合し、次いで不溶性ジルコニウムケイ酸塩を顔料の存在下で沈澱させることを特徴とする改良された特性を有する顔料の製造方法」(第四頁左欄第一七行ないし右欄第二行)の発明をなしたものであつて、「本発明に従つて製造される二酸化チタン顔料は、表面被覆組成物に混入した場合、優れた耐候性を示す、すなわち、それらは増大した光沢保持性を示し、白亜化傾向が減少し、同時に光の中での耐変色性が実質的に改善される。
しかしながら、本発明は二酸化チタン顔料の製造に限定されるものではなく、顔料物質に一般に適用される。本発明に従つて製造される顔料は、必ずしも同程度とは限らない、一つ又はそれ以上の重要な面で改善される。」(第一頁左欄第一七行ないし第三〇行)、「本発明の方法は(中略)増量剤を含む複合二酸化チタン顔料の調製、増量剤顔料自体、例えば鉛白、酸化ジルコニウムのごとき白色顔料及びレモン黄のチタン酸鉛やクロム酸塩着色剤のごとき着色顔料についても適用される」(第四頁左欄第二行ないし第一〇行)ものであることが認められる。
右認定事実によれば、引用例2ないし引用例4記載の発明は、クロム酸鉛顔料が不安定な物質であることから、「表面隠蔽力」、「耐候性」「耐光性」等の付与、すなわち変質しやすいクロム酸鉛顔料を外的刺激から遮断、保護し、長期間初期の状態を維持すること、言い換えると耐久性を付与することを目的として、クロム酸鉛顔料の粒子をシリカ皮膜で被覆する技術的手段を開示するものである。
したがつて、クロム酸鉛顔料をその耐久性改善のため、シリカ皮膜で被覆することは、本件優先権主張日前当業者に周知の技術的課題であり、技術的手段であつたというべきである。
この点について、原告は、引用例2ないし引用例4記載の発明も、本件発明のように耐熱性、耐薬品性及び耐光性の改善を併せて技術的課題としていない旨主張するが、両者は耐久性改善という技術的課題を共通にするものであること前述のとおりであるから、技術的課題の相違のために引用例2ないし引用例4記載の発明における技術的手段を引用例1記載の発明に適用することが困難であるとはいえない。
4 シリカ皮膜の構造について
原告は、引用例2ないし引用例4記載の各シリカ皮膜の構造は、引用例1記載のシリカ皮膜の構造と同一でないから、引用例2ないし引用例4記載の各シリカ皮膜がクロム酸鉛顔料の被覆に適用できることから、直ちに引用例1記載のシリカ皮膜をクロム酸鉛顔料の被覆に適用できることにはならないと主張する。
引用例2ないし引用例4には、クロム酸鉛顔料は不安定な物質であるので、クロム酸鉛顔料固有の欠点を改善して顔料としての使用目的に応じて要求される特性をクロム酸鉛顔料に付与するために、これを芯材としてシリカ皮膜で被覆することによつて、クロム酸鉛顔料に耐光性、耐候性、耐変色性などの特性を付与し得ることが開示されていることは、前述のとおりである。したがつて、クロム酸鉛顔料にシリカ皮膜を施して、顔料としての使用条件下における耐久性の改善、向上を図ることは、本件優先権主張日前において、既に当業者には周知の事項であつたものと理解できる。
一方、引用例1記載の発明は、前記のとおり、芯材一般について、これらに濃密でかつ連続性の不定形シリカ皮膜を被覆することにより、芯材に不浸透性又は不透過性を付与し、その結果として、芯材の耐薬品性、耐摩耗性及び耐水性などを改善する効果が得られることを開示して、右の濃密で連続性のシリカ皮膜の被覆保護機能を明らかにしている。そして、引用例1記載のシリカ皮膜及びその形成方法が、クロム酸鉛顔料の被覆に適用し得ないとする格別の理由はない。
そうすると、クロム酸鉛顔料の使用目的に応じて、耐薬品性を付与する必要がある場合には、同様に使用目的に応じた耐久性の付与が求められている二酸化チタン顔料等の固体物質に耐薬品性を付与することが知られていた引用例1記載の、濃密で連続的なシリカ皮膜によつて被覆する方法を適用でき、その場合、引用例1記載のシリカ皮膜に固有の被覆効果が、クロム酸鉛顔料についても期待できることは、当業者であれば容易に想到し得たものといわざるを得ないし、また、アルカリに弱いというクロム酸鉛顔料の性質を考慮するとき、引用例1記載のアルカリに弱い芯材物質に右シリカ皮膜を形成する方法を適用して、右皮膜で被覆保護されているクロム酸鉛顔料を製造することも、当業者には格別困難なこととは解されない。
右のとおりであるから、審決が、引用例1の記載に引用例2ないし引用例4の各記載を併せ参酌した上で、クロム酸鉛顔料をその耐久性改善のためシリカ皮膜で被覆することは本件優先権主張日前周知の技術的課題と手段であつたと認め、かつ、クロム酸鉛顔料の耐久性改善のための一手段として、引用例2ないし引用例4記載のシリカ皮膜による被覆保護に換えて、引用例1記載のシリカ皮膜を適用することは、当業者が格別の創意を要することなく類推、実施することができたものとする審決の認定、判断に誤りはない。
この点について、原告は、引用例2ないし引用例4記載の各シリカ皮膜の構造と引用例1記載のシリカ皮膜の構造との差異を主張するが、被覆の詳細な構造がどのようなものであれ、クロム酸鉛顔料の粒子上に、粒子表面を覆つて保護する状態で存在する皮膜がシリカ皮膜であることにおいては、引用例2ないし引用例4記載の各皮膜は共通するといわざるを得ないから、この点についての審決の認定、判断を誤りということはできない。
5 クロム酸鉛顔料の被覆に引用例1記載のシリカ皮膜を適用することについて
原告は、審決は、本件発明の対象がアルカリに弱いクロム酸鉛の「顔料」であることの特殊性を無視したものであると主張し、クロム酸鉛顔料の被覆方法として引用例1記載の方法の適用は容易に想到し得ないことの根拠として、甲第七号証、第八号証、第一〇号証及び第一一号証を提示してクロム酸鉛顔料をアルカリ条件下にさらすことが不利であることは公知であつた旨を強調している。
成立に争いない甲第七号証及び第八号証によれば、クロム酸鉛顔料がアルカリに弱いことは、本件優先権主張日前に当業者に知られていたことであると認められる。
しかし、前記のとおり、引用例1には、引用例1記載の方法は、皮膜を形成させる対象が仮にアルカリに弱いものであつても、その製造条件を工夫すれば、適用可能であることが記載されており、ほかに、クロム酸鉛顔料には引用例1記載の方法の条件下では皮膜の形成反応を行うことができないとする格別の証拠もない以上、クロム酸鉛顔料がアルカリに弱いことが知られていれば、引用例1に開示されているアルカリに弱い被覆対象物に対する被覆方法を適用してクロム酸鉛顔料の被覆を行う程度のことは、当業者には格別困難なことであつたといえない。そして、前掲甲第七号証及び第八号証によれば、これらの文献も、引用例1が開示しているアルカリに弱い芯材に対するシリカ皮膜の形成方法がクロム酸鉛顔料の被覆方法には適用できないことを述べているものではないと認められるから、アルカリに弱い被覆対象物に対する被覆方法を開示している引用例1記載の方法のクロム酸鉛顔料への適用可能性が当業者に容易に想到し得たものであるとの認定、判断を妨げるものではない。
そして、審決は、クロム酸鉛顔料がアルカリに弱くアルカリに接触すると変色しやすいものであることを前提としているからこそ、引用例1中の、アルカリに弱い芯材に対してシリカ皮膜を形成する方法に関する記載部分を引用していることが明らかであるから、原告のいうように、審決が本件発明の対象が単なる「クロム酸鉛」ではなく、クロム酸鉛の「顔料」を芯材とすることを無視して本件発明の進歩性を判断しているものとは解されない。
したがつて、原告の右主張も失当である。
6 本件発明が奏する作用効果について
次に、本件発明が奏する作用効果について述べると、前記のとおり、本件発明は、クロム酸鉛顔料に耐光性や耐熱性を付与して光や熱にさらされる条件下で使用できるものとすることを目的とするばかりでなく、耐薬品性を付与して、クロム酸鉛顔料が酸、アルカリ及び石けん等の薬品に接触するような条件下でも変質することなく使用できるものとすることをも目的とするものであり、その解決手段として、引用例1記載のシリカ皮膜形成による被覆手段を、クロム酸鉛顔料粒子の被覆手段としてそのまま適用したものに相当するのであるから、本件発明のクロム酸鉛顔料組成物については、引用例1記載の方法によつて形成されるシリカ皮膜に固有の被覆保護効果、すなわち耐久性の改善、向上効果は当然に達成されるものである。したがつて、本件発明を、耐薬品性を求められるクロム酸鉛顔料の耐久性を改善することを目的としてシリカ皮膜で被覆保護したクロム酸鉛顔料組成物の発明としてみると、引用例1記載のシリカ皮膜について、芯材に対する耐薬品性を付与する効果のあることが記載されている以上、本件発明のシリカ被覆クロム酸鉛顔料組成物の耐薬品性が要求される用途における耐久性改善効果は、当然予測され得る効果であつて、格別のものとはいえない。
原告が主張するとおり、引用例1には、そのシリカ皮膜が本件発明のシリカ被覆クロム酸鉛顔料組成物の作用効果として本件公報中に記載されている「耐熱性」や「耐光性」を芯材に付与する作用効果があることの記載はない。しかしながら、本件発明が引用例1記載のシリカ皮膜をそのまま適用してクロム酸鉛顔料を被覆保護し、その耐久性の改善、向上を達成したものであることは右のとおりであり、その結果として、本件発明のクロム酸鉛顔料に、シリカ皮膜に固有の特性であつた「耐熱性」や「耐光性」が付与されたにほかならないのであるから、「耐熱性」や「耐光性」という引用例1では認識されなかつた皮膜の作用効果を確認したことをもつて、格別の作用効果を達成し得たものということはできない。
7 以上のとおり、本件発明は引用例1記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと認められるから、本件発明の特許は、特許法第二九条第二項の規定に違反してなされたものであつて同法第一二三条第一項第一号に該当し、無効にすべきものとした審決の判断は正当である。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
クロム酸鉛顔料と、その顔料の各粒子の表面に実質的に連続した皮膜の形で存在する全重量あたり少なくとも二%の濃密な不定形シリカとから、本質的に成るクロム酸鉛顔料組成物。